日本(にっぽん)代表(だいひょう)のユニフォームをよく見(み)てみると、胸(むね)のエンブレムに何やら(なにやら)鳥(とり)のようなものが目(め)に入る(はいる)と思い(とおもい)ます。この鳥(とり)は何(なに)なのでしょうか?そして、何故(なぜ)鳥(とり)なのでしょうか?そのことについて少し(すこし)触れ(さわれ)てみましょう。このユニフォームの胸(むね)にある鳥(とり)のマークは日本サッカー協会(にほんさっかーきょうかい)のシンボルマークです。モチーフになっている3本足(ほんあし)の鳥(とり)の名称(めいしょう)は「ヤタガラス」で伝説上(でんせつじょう)のカラスだそうです。古代(こだい)、神武天皇(じんむてんのう)東征(とうせい)の際(さい)に天皇(てんのう)の道案内(みちあんない)を「ヤタガラス」がしたという伝説(でんせつ)が残って(のこって)います。また、三本足(さんぼんあし)のカラスは中国(ちゅうごく)の古典(こてん)にも「日出(ひので)づる国(くに)のシンボル」とあるとのことで、1931年(ねん)に日本(にっぽん)サッカーの象徴(しょうちょう)として制定(せいてい)された経緯(けいい)があります。このときに図案化(ずあんか)されたシンボルマークの三足(さんぞく)烏(がらす)とは、中国(ちゅうごく)の故(こ)事によっ(ことによっ)たものと言わ(いわ)れていますが、日本(にっぽん)においてはこれは紛れ(まぐれ)もなく「ヤタガラス」であるとされています。この図案(ずあん)の発案者(はつあんしゃ)は、筑波大学(つくばだいがく)の前身(ぜんしん)の東京(とうきょう)高等(こうとう)師範(しはん)学校(がっこう)の内野台(うちのだい)嶺(みね)教授(きょうじゅ)だといわれています。東京(とうきょう)高等(こうとう)師範(しはん)学校(がっこう)は日本(にっぽん)のサッカーの草分け(くさわけ)的存在(てきそんざい)でもあり、1878年(ねん)にサッカーを学校(がっこう)教材(きょうざい)としてすでに採用(さいよう)していたところなんです。日本(にっぽん)各地(かくち)にサッカーの普及(ふきゅう)活動(かつどう)を行っ(いっ)たのもこの学校(がっこう)であり、日本(にっぽん)サッカーの歴史(れきし)そのものといってもいいかもしれません。1921年(ねん)、日本サッカー協会(にほんさっかーきょうかい)の前身(ぜんしん)となる大日本(だいにっぽん)蹴球(しゅうきゅう)協会(きょうかい)を設立(せつりつ)したのもこの学校(がっこう)の関係者(かんけいしゃ)が中心(ちゅうしん)となっていたそうです。ちなみに内野(ないや)教授(きょうじゅ)は1906年当時(ねんとうじ)の東京(とうきょう)高等(こうとう)師範(しはん)学校(がっこう)のサッカー部員(ぶいん)でした。
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